2009年06月11日
自動車優先社会は続く…
実に痛ましい交通事故だ あの道路は当方もよく利用させて頂いていますが、危険極まりのない追い越しが頻繁なのには、閉口しておりました それにしましても、お亡くなりになられてしまったいのちにご冥福をお祈りさせていただきます 兎に角、ちょとした隙を狙って追い越しをかけるといった調子です しかも、その多くが現地のナンバーの車であるのも見逃せません 私は、わざとらしく、追い越していけと云わんばかりに路肩側に幅寄せして、減速し、追い越して逝ってもらうことがしばしばでした 少しでも早くといった考え方の行き過ぎもあったのかもしれません がしかし、赤ちゃんが乗車していたということ、その母親がドライバーだったということに着眼させていただけば、こういった子育ての時期と、高齢の両親との行き来ですとか、他人事には思えません たまたま遭ったという事故であるかもしれませんが、そうではなく、いつこうした事故に巻き込まれるのか想定できないという現状なのだと実感します どーいった理由にせよ、生後間もないような赤ちゃんがおられる家庭の御母さんが、運転の舵を取らなければならないといった厳し過ぎる現実を突き付けられてはいないでしょうか 私にはよくわかります こーいったさめざめとした現実が横たわり続けているのです 生後間もなくなくても、生後一年以内とかの母体が未だ回復の兆しが癒えないような所謂産後の肥立ちのような時期に ドライバーをかって出なければならない しかも、本人は若いとか、別に何ともないとか、無自覚であるがために 尚更のこと、周囲もそれに甘んじてしまう 内心では大丈夫ではないのではないかとか、そーいった頭は持ちながら、若さに任せてしまう ‘なんとかなるさ’ そーいった迷信めいた自治が出来上がってしまっている 対向車線の仕事帰りのトラックも、過信が多い、今なら追い越したって大丈夫だ、一刻も早く帰りたいとか、人為的なその顛末を感じてもしまう ほんの少しだけでも注意を払っていたら、だとか、普段の心がけがどーであったかだとか… 考え出せばきりがないのかもしれない 現実的には、もう刻一刻と時は、刻まれて逝ってしまうだけである 普段から、あそこは危なそうだなっというのは、みんながみんな感じてはいたけど、何もないからまぁっいいっかといったことで済まされていた 何もなくてうまくいっている時だからこそ、そこでの状況をよく観察し、それらをある一定の基準等によって、評価させなければならないと、強く感じさせていただいた 昨日は、そういった面でもあったが、“ファームステイ”の企画をする上での送迎などに使用する件で、◎◎◎社の営業担当の方と、話をさせていただいた それが、色々と話していくうちに パパのバスケットチームを作ろうだとか、パパ同士のサークル的なかかわりが、この辺には欠けてるよねっていうのがあって、ママさんたちばっか、ママさんバレーやってて、パパは、仲間もいなくて孤独で子育てについて悩んでるっていうやつに 何かフェアではない氣がしていた もっと、パパが仕事上でも大事なフェアなビジネスをしていく上でも、こーいった社会人バスケチームで、本当のチームワークを学ぶ機会とするのは有効だ メタボ気味の身体にも過激ではない多少のウォーミングアップは必要でもある 時間なんかは作ろうと思えば作れるだろうし、こういった仕組みになっていくことで、少しずつ少しずつ地域が動いていくのかもしれない そんな中で、例えば、赤ちゃんのある家族だとか、身体が思うようにならない方々だとか、目が観えないだとか言った そーいった様々な自己の不都合を極めた方々にも何らかの懸け橋になれればといったモノも大きい 今までは、自分に都合の悪いことというのが、達成するということが、ある種のわがままであり、自己中心的だといった慣習的な因習がまかり通ってきてしまったともいえる 個人的な不都合を みんなの不都合として考えてみてもいいのではなかろうかというものである 個人的な都合も、不都合も、ブレストしていくことであって、それらの充足できてないところで、われわれの何らかの温かさを差し伸べるということかもしれない 本来ならばできるだけ、近所であれば、距離的な時差があまりないので、構築は比較的、スムーズかもしれない しかしながら、地球の裏側から表側へとか、太陽系から銀河系の外へといった破天荒なこともあるのかもしれない それほどまでに願いの類というものは、幅広く奥深くあってないようなものかもしれない 先日、キウイの花が満開だったのをよくよく観ていたら、蜘蛛が花虻を捕えていて、その成分を吸い尽くしていたのを観て震撼とした アブの腹がペシャンコになってしまっていた キウイの大きな花のめしべやおしべのその中で起きたジェノサイドであった 凄まじい光景だった 花の蜜に肖ろうとやってきた来訪者に突如として、餌食と化されてしまった そのすぐ横の花では、こがねむしがおしべから噴出された粉様の花粉をかき集めながら、ほおばっていたりもしていた 今朝は今朝で、図鑑には掲載されてない木の実が、庭に大量に実をつけ、熟したのを採取し、紫蘇ジュースのような作り方で、酢で発酵させるといったような“木の実酒”を作ってみた この木の実はブルーベリーより赤く甘くて種子がなく、扱いやすい 学名がわからないが、5年ほど前に烏川渓谷緑地のイベントがあった時に頂いてきた樹である あれから、うちのジジの軽トラに追突されるなどの紆余曲折を経ながらも、即時の応急処置によって、みるみる枝ぶりは蘇生し、大きく成長した 毎年のようにこの時期、たわわに実をならせる いつも何気なくしていたが、近年アブラムシや、カイガラムシっぽいような虫が実についているのが確認されている 毎年のことではるが、まだ幼そうな緑色のカメムシもタカっている 漢方ではこのカメムシを生で飲み込むと何らかの強壮剤としての効能も謳ってあった(  ̄O ̄) 実の先端に隠れていたりもしていた ただなぜか、鳥がこの実の恩恵に与っているのを目にしたことはない 不思議である 蓮華合掌
Posted by このは なさくや at 10:40│Comments(0)
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